2014年05月08日

『小説「櫻守」を辿る旅』のフィナーレは、感動、感激、感涙の「荘川桜」です!!!!!


荘川桜

水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』も9年目を迎えました。
今年は、5月3日に念願だった「荘川桜」を鑑賞するため、岐阜県高山市荘川町に行ってきましたよ!
実は、この桜をもって、私の『小説「櫻守」を辿る旅』の最終章にしたいと思っております。
御母衣湖畔に立っている2本の巨桜は、どちらも「アズマヒガン」で、樹齢450余年と言われています。
ダム建設で湖底に沈んでしまった中野地区の「照蓮寺」と「光輪寺」の境内にあったものなのです。
詳細については「電源開発株式会社(J-POWER)」のページ「荘川桜物語」を是非、ご覧下さい。



荘川桜

愛読書「櫻守」(新潮文庫版)を手に。「荘川桜」は、P.115〜P.138に書かれています。
P.115・・・「御母衣」には「みろ」とルビが振られていますが「みろ」ですね。



写真をクリックすると拡大写真にジャンプします。

説明看板です。(写真をクリックすると、拡大写真がご覧頂けます)



荘川桜


荘川桜


荘川桜

周りの桜も満開でした。惜しむらくは、やや霞がかって澄み切った快晴でなかったことだけでした。



荘川桜

「荘川桜」は2本あります。まずは「光輪寺」の境内にあったものです。
もう1本の「照蓮寺」のものに比べ、太い幹が下の方で枝分かれしています。



荘川桜

より多くの方々が観られるよう、観光バスの滞在時間は、シーズン中は30分と決められていました。



荘川桜

興奮!亢奮!!昂奮!!!です。胸の高鳴りを抑えるのに必死なミッキーちゃんでしたよ。^^



荘川桜

「電源開発(J-POWER)」の初代総裁「高碕達之助」氏の碑文です。偏に、この方のおかげです!



荘川桜

高碕氏揮毫の「すゝみゆく 御代のしるしと うもれても 荘白川の 名はとこしへに」(佐佐木信綱)



荘川桜

「照蓮寺(正蓮寺)」を開基したと伝わる「嘉念坊善俊」像。御母衣湖を見下ろすように立っています。



荘川桜

そして、もう1本の「荘川桜」は「照蓮寺」の境内にあったものです。



荘川桜

魂が震えました!花はフラジャイルで長くは持たないけれど、喜びや感動はずっと、心に刻まれます。



荘川桜

賑やかな中国人団体観光客の皆さんもバスに乗車し、ようやく静寂が戻ってきました。
老桜は、支えられて痛々しいと言われる方もおられますが、生き長らえている感は、感じられません。
支持棒はあくまでも風雪対策です。熊本県阿蘇郡にある名桜「一心行の大桜」のように台風の影響で4本の主幹のうち2本が折れてしまい、ドーム型ではなくM字型となってしまったことも教訓にして。



荘川桜

春の遅い飛騨地方も、まさに春爛漫!見事なまでに咲き誇っています。( 今後も補筆、加筆します)

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事H 京都府向日町にあった「桜の苗圃」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392301231.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事G 再びの「佐野藤右衛門邸(さのとうえもんてい)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392300911.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事F「千本閻魔堂」の「普賢象(ふげんぞう)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392300520.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事E「吉野山の桜」後編
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392300245.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事D「吉野山の桜」前編
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392300244.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事C 滋賀県「清水の桜(しょうずのさくら)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299987.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事B「佐野藤右衛門邸(さのとうえもんてい)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299724.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事A「墨染寺(ぼくせんじ)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299531.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事@「亦楽山荘(えきらくさんそう)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299402.html




所在地:岐阜県高山市荘川町中野



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2013年04月14日

向日町にあった桜の苗圃・・・半世紀以上の昔に思いを馳せる♪

今年で8年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』
今年は4月7日に、京都府向日市の向日丘陵(むこうきゅうりょう)の桜の苗圃(びょうほ)があった場所を訪れてみました。「櫻守」の舞台でもあり、1961年に名神高速道路の土取場として壊されるまで、モデルとなった笹部新太郎氏の苗圃があったところです。
そのことは「櫻守」(新潮文庫版)のP.110〜P.111にも書かれています。
日本発のハイウェイ 名神高速道路の建設のために土はここからも運び出されたのです。
名神高速道路は鉄筋コンクリートの橋脚ではなく高さ7mの盛土で、大量の土砂が必要でした。
工事現場に近い向日丘陵は、桜が植えられていようが格好の土取場と判断されたのです。

写真をクリックすると拡大写真にジャンプします。

土が採取されて平坦になったところには、京都府営向日台団地等が建設されました。
今も崖がそのまま残っており、崖の上には危険防止のため金属フェンスが建てられています。
その向こう(東側)には、存続問題が議論されている「京都向日町競輪場」があります。



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向日台団地の南端です。こちらも土が削り取られて急な斜面になっています。
この左(南側)には、有志の方々が「桜の園」の復元に取り組んでおられるエリアがありました。



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苗圃のこと「櫻守」のこと、水上 勉のこと等が書かれたアクリル製の説明板があちこちに立てられていました。舞い散った淡いピンクの桜の花びらが裏面にくっついて・・・風流ですね。^^



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「御衣黄(ぎょいこう)」、「楊貴妃(ようきひ)」、「普賢象(ふげんぞう)」等の品種もありましたが、開花には少し早くて、まだつぼみの状態でした。
笹部新太郎氏があまり好まなかったとされる「ソメイヨシノ」もなぜか植樹されていました。



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なだらかな道を登り「勝山公園」の横を抜けると南北に延びる向日丘陵の南端に位置している「向日神社」に辿り着きます。写真は、本殿と真っ直ぐで長い石畳の参道です。



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桜の名所でもある「向日神社」は「桜まつり」開催中でした。シダレザクラが満開でした。

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事G 再びの「佐野藤右衛門邸(さのとうえもんてい)」
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2012年04月09日

再びの佐野藤右衛門邸の桜@京都市右京区

写真をクリックすると拡大写真にジャンプします。

今年で7年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』ですが今年は再び、京都市右京区の佐野藤右衛門邸の桜を観に行ってきました。
2008年3月29日以来、4年ぶりの感動の再会です。京都の桜守、佐野藤右衛門さんにつきましては、弊ブログの過去記事に僭越ながら書かせて頂いておりますのでよろしければ。



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快晴の4月8日に行ってきましたがまだ少し早かったようです。リーマンにとって桜を観に行けるのは、土日のせいぜい6日程度ですから晴天だとどうしても気持ちが逸ってしまいます。^^



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拙い写真ですが10葉(デジカメの写真も、葉でいいのでしょうか?^^)ほど、デジカメに収めて参りましたのでご笑覧頂ければ幸甚に存じ上げます。



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「台湾緋桜」です。鮮やかに咲き誇っていました。今週半ばには枝垂桜も満開になるでしょうね。

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「植藤造園」 住所:京都市右京区山越中町13


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2011年04月26日

「千本閻魔堂」の「普賢象(ふげんぞう)」

千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

今年で6年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』ですが、今年は京都市上京区の「千本閻魔堂せんぼんえんまどう」に4月9日と4月24日に行ってきました。
正式名称は、引接寺いんじょうじですが、公式ホームページでは「千本ゑんま堂」と表記されています。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

普賢象ふげんぞうは、遅咲きの八重桜で、散るときは椿のように花冠ごと落ちるのが特徴です。
「櫻守」(新潮文庫版)のP.101〜P.102に出てきます。“・・・上京区にある千本閻魔堂にある一本は見事である。だいいち花が変っている。下向きにうつむいて咲くのも特徴だが、数多い花弁の中から二つの変り葉が出て、それが普賢菩薩の乗った象の眼に似ているといわれる。・・・”
二本ある葉化した雌しべは、象の眼というより、象の鼻や牙のようにも見えます。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

こんな看板が立っていました。恐らく16代目の佐野藤右衛門さんのことだと思います。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

「二尊院普賢象」と「閻魔堂普賢象」・・・14代目佐野藤右衛門(初代桜守)さんの談話です。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

これが嵯峨の二尊院にあったとされる品種「二尊院普賢象」です。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

「閻魔堂普賢象」に比べ、花の色はかなり濃いピンク色です。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

4月9日と4月24日のほぼ定点観測@です。違いますね。^^



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

これも、4月9日と4月24日のほぼ定点観測Aです。満開です。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

境内には「紫式部」の像があります。横には重文の紫式部供養塔(十重石塔)があります。



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

「本堂」です。定覚の開基と伝えられています。(小野篁という説もあります)



千本ゑんま堂_拡大写真にジャンプします。

仏師 定勢作の「閻魔王坐像」(長享2年 1488年)を本尊としています。ものすごい形相です。

越前武生の「ぜんまい桜」も根尾の「薄墨桜」もまだ観ていない私なのですが岐阜県高山市の「荘川桜」は『小説「櫻守」を辿る旅』の最後に鑑賞する桜にしたいと考えています。

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事E「吉野山の桜」後編
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所在地:京都市上京区千本通蘆山寺上ル閻魔前町34



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2010年04月12日

1,300年守り続けられてきた桜@奈良県吉野山(後編)

今年で5年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』
それでは、吉野の桜と小説は、どんな関係があるのでしょう ――― 。

吉野_拡大写真にジャンプします。

「頌桜(しょうおう)」と題したこの大きな石碑は、小説「櫻守」の主人公「竹部 庸太郎」のモデルの桜博士こと「笹部 新太郎」先生が建てた石碑です。「大塔宮 迎徳碑」の近くにあります。
花は春を呼び 人は花に酔ふ 花の徳であらう類なき材質の故に 日本の文字と文化を伝へる母体となつた版木に身を刊つてきたのも桜である 器財として鼓の胴があり 妙へなる韻きに人の心を浄める 桜をたヾ春の粧ひとのみ観て このも一つの桜の功徳が世に知られてをらぬのを憾みとし 久しきに亘つて我が民族の享けた恵みに 酬ひたいものと こヽにさヽやかな碑を建てる  昭和四十年四月 笹部 新太郎”と刻まれています。後に見える白い花の桜が「笹部桜」です。



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“一目千本”の看板のある「吉水神社」からの「中千本」の桜です。急斜面の密植が壮観です。
ちょうどABCのTV番組「朝だ!生です旅サラダ」の生中継があり、私もバッチリ映りました。^^



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和漢胃腸薬の販売店舗の店頭に置いてある大きなカエルの置物です。桜の木の彫刻です。
ここからは、拙者が拙写した様々な桜の写真を数点、ご笑覧頂ければ幸甚に存じます。^^



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「上千本」にある「吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)」の境内の枝垂桜です。



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「上千本」の「花矢倉展望台」からは「蔵王堂」を中心に街並みも一望出来ます。



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まさに絶景です。吉野の桜はほとんどが「シロヤマザクラ」と呼ばれる日本古来の野生種です。
この白い花と鮮やかな赤の新芽が混ざり合って美しいです。「ソメイヨシノ」だとこうはなりません。近年、悲しいことに桜の木が傷み始めています。樹齢100年以上の老木ではなく、まだ30〜40年の木が枯れて来ているのです。京都大学大学院の教授を中心とする研究チームにより原因究明の調査が開始され、ナラタケの菌糸や苔が影響していることなども分かって来ました。
桜はよく日本人の心にも例えられます。桜と同じように人の心も病んで来ているのでしょうか?
この素晴しい桜を後世にずっと残して行きたいと切に願い、私も微力ながら保護、育成のために何らかの形で協力させて頂く所存でございます。

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事D「吉野山の桜」前編
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2010年04月11日

1,300年守り続けられてきた桜@奈良県吉野山(前編)

今年で5年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』
今年は名所、奈良県吉野郡吉野町の桜を観に行って来ました。
全山に咲き誇る桜は3万本とも言われる群落景観です。大海人皇子(天武天皇)、西行が暮らし、源 義経が訪れ、後醍醐天皇が南朝を開き、豊臣秀吉らが花見をした吉野山です。

吉野_拡大写真にジャンプします。

私は、吉野の桜は初めてでした。4月10日(土)近鉄吉野駅に午前8時23分に到着しました。
既にかなりの人手です。ロープウェイには乗らず「七曲り」というハイキングコースを徒歩で登ります。途中、ショートカットの急勾配の坂道を登り、時間と高さをぐんぐん、稼ぎます。



吉野_拡大写真にジャンプします。

「銅(かね)の鳥居」を少し行くと正面に、修験道の総本山「金峯山寺(きんぷせんじ)」の立派な二層入母屋造の「仁王門」(国宝)が見えてきました。



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吉野_拡大写真にジャンプします。

左右の迫力ある仁王像は、仏師「康成」の1,338年の作と伝えられています。



吉野_拡大写真にジャンプします。

「金峯山寺」の本堂「蔵王堂」(国宝)です。屋根は入母屋造檜皮葺き、高さ34m、奥行、幅ともに36mで、木造の古建築としては東大寺大仏殿に次ぐ規模と言われています。



吉野_拡大写真にジャンプします。

今年の9/1〜12/9の100日間、平城遷都1,300年祭を記念して、本尊の秘仏「金剛蔵王権現像」(釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩の3体)が、特別にご開帳されます。



吉野_拡大写真にジャンプします。

桜の花の海に浮かんでいるように見えるのは「仏舎利塔」です。



吉野_拡大写真にジャンプします。

金峯山寺の開基(創立者)と伝えられる「役の行者像」です。すごい形相です。



吉野_拡大写真にジャンプします。

幽玄な感じです。人は、桜の“フラジャイル”なところに惹かれるのかもしれません。



吉野_拡大写真にジャンプします。

土産物屋さんの立ち並ぶ沿道には、濃いピンクの枝垂れ桜も咲いていました。



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「中千本」は満開でした。吉野は、小説「櫻守」の舞台にはなっていません。吉野の名前が出てくるのは153ページの「桜日記」に茨木県桜川の紹介で“吉野山に対抗したため吉野に少ない種の白山桜を植えたという”の一文だけです。では、どこが小説に因んでいるのでしょうか・・・?

to be continued later

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事C 滋賀県「清水の桜(しょうずのさくら)」
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2009年04月08日

「清水の桜」@滋賀県高島市マキノ町海津

※写真はすべて、クリックすると拡大写真がご覧頂けます。

清水の桜

今年で4年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』
今年は、滋賀県高島市マキノ町海津の「清水(しょうず)の桜」を観に行って来ました。



清水の桜

4/5(日)6:21AMにJR大阪駅を出発し、8:22AMに湖西線のマキノ駅で下車、駅前の「びわ湖高島観光協会」でレンタサイクルを借りて、8:40AMに到着しました。



清水の桜

「その昔、越前加賀の前田侯が上洛の時、何度も振り返り花をめでたことより“見返り桜”とも云われた・・・」とあります。



清水の桜

品種は「アズマヒガンザクラ」で、幹周6.4m、樹高16m、樹齢は300年以上と推定されている滋賀県下最大級の桜で、滋賀県の自然記念物にも指定されています。



清水の桜

地元の共同墓地の横に大きくそびえています。生憎の曇天で時折、日が差す程度でした。



清水の桜

小説「櫻守」の一節です。・・・「海津の清水に埋めてくれいわはりましたんどす」・・・(感涙)



清水の桜

黒々と、どっしりした力強い幹で永い歴史をひしひしと感じさせてくれる存在感があります。



清水の桜

小ぶりの可憐な花は濃いめのピンク色で密度濃く咲き誇っています。



清水の桜

満開です!最高です!!嗚呼・・・是非、来年もこの季節に再び訪れてみたいものです。

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2008年04月01日

佐野藤右衛門邸の桜@京都市右京区


今年で3年目になる、水上 勉の小説「櫻守」に因んだ桜を鑑賞する旅…『小説「櫻守」を辿る旅』…今年は、京都市右京区は広沢池の近くにある佐野藤右衛門邸に行ってきました。
満開にはまだ早かったのですが翌日、日曜の天気予報が雨だったので3/29(土)にしました。

※写真をクリックすると拡大写真がご覧頂けます。


管見ですが、簡単に説明させて頂きます。佐野藤右衛門さんは、天保3年(1832年)創業の京都・嵯峨野「植藤造園(うえとうぞうえん)」の社長さんで、かつて仁和寺(にんなじ)に仕え、当主が代々「藤右衛門」の名を継いできた佐野家の16代目、桜守としては3代目にあたられます。
水上 勉の小説「櫻守」(新潮文庫版)の106頁の中程に「だが、この京都に、その頃から桜をかわいがって植える人もいた。筆頭は広沢の池の宇多野である。・・・」この宇多野藤平のモデルが当主のご尊父、15代佐野藤右衛門氏なのです。




時折小雨の降る撮影には向かない天候でしたがデジカメに収めてきましたのでご笑覧下さい。
素晴らしいの一語に尽きます。こちらの枝垂桜は円山公園の枝垂桜と兄弟木なのだそうです。




円山公園の枝垂桜の正式な名は「一重白彼岸枝垂桜」といい、昭和22年(1947年)に枯死した枝垂桜の2代目です。現在の桜は、15代佐野藤右衛門氏により、昭和初年に初代の桜から種子を採って育てられたもので、昭和24年(1949年)に寄贈、植栽されました。





当主のご好意で来園者用に床机も出されていました。(写真右奥)





   白い花弁の枝垂桜の向こうは幽玄な竹林です。





ふくよかで、可憐です。





         凜として気品が漂っています。




当主のご邸宅は、茅葺屋根でした。著書「桜のいのち 庭のこころ」の前書きには「私の家は昔のままの古い茅屋根ですが、いっこうに変えようとは思っておりません。古いものが好きだとか、熱狂でそう思うのではなく、これが本来の日本人の暮らし方だと思うからです」とあります。





夜桜鑑賞用のライトや篝火なども用意されていました。とても感動しました。また来ます!

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事A「墨染寺(ぼくせんじ)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299531.html

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事@「亦楽山荘(えきらくさんそう)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299402.html





「植藤造園」 住所:京都市右京区山越中町13


posted by ミッキー at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説「櫻守」を辿る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月07日

京都市伏見区散策@・・・「墨染寺」



今日は、京都市伏見区にある「墨染寺」(ぼくせんじ)に「墨染桜」(すみぞめざくら)を観に行ってきました。京阪電車「墨染駅」から西に向いちょっと歩くと左側にあります。




過去記事にも書きましたが・・・
「深草の 野辺の桜し こころあらば 今年ばかりは 墨染に咲け」
太政大臣藤原基経の死を悲しんだ上野岑朝臣が桜に向かい歌を詠んだところ、花が薄墨色に染まった・・・。
豊臣秀吉がこの話を聞き、日蓮宗墨染桜寺として再興しました。春になると狭い境内にいっぱいの桜が咲くことから別名、桜寺と言われてます。






※写真をクリックすると拡大写真がご覧頂けます。

立て看板には「三代目植継 墨染桜」とあります。残念ながら生憎の曇天で空の白さに吸われてしまっています。やや俯瞰で狙える場所を探しましたがありませんでした。
この寺は、水上 勉の小説「櫻守」の中で主人公が記した「桜日記」に登場しています。
「境内に桜をさがしたがどこにもなし。篤志家の一人が、墨染と同種の生木を御室からはこんでくれたが、枯れた。ここは桜の育たん土地、とのんきな話。墨染桜寺が泣く」
とありますが今はそうではないですね。私は小説の影響が強かったと思っています。





※写真をクリックすると拡大写真がご覧頂けます。

三代目の木はまだ若く、ピークを迎える直前でピンク色の花もありました。散り始める頃に墨染め色に変化していくのかもしれませんね?・・・to be continued later

『小説「櫻守」を辿る旅』過去記事@「亦楽山荘(えきらくさんそう)」
           http://mickeyclub.seesaa.net/article/392299402.html


posted by ミッキー at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説「櫻守」を辿る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

亦楽山荘(えきらくさんそう)

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2006.4.16に兵庫県宝塚市の武田尾温泉の近くにある、桜の園「亦楽山荘」に行ってきました。
「亦楽山荘」は元は笹部新太郎氏が桜の品種保存や接ぎ木などの研究のための演習林だった所ですが、現在は宝塚市の市有林となり整備されて「桜の園」として親しまれています。

「桜博士」と言われた笹部新太郎氏(1887〜1978)は、91年間の生涯の大半を日本古来のヤマザクラやサトザクラなどの保護、育成に捧げた方です。



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「櫻守」とは、簡単に言うと桜の手入れ・管理をする人のことです。
水上 勉の小説「櫻守」に登場する「竹部庸太郎」は笹部新太郎氏がモデルなのです。



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「山荘めぐりルート」(約1.1km)を歩いてみることにしました。「桜坂」と名付けられた一帯も、自然種の「ヤマザクラ」が満開でした。



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椿の花が一輪落ちていました。これは「水琴窟」のようなものでしょうか?流れる水音が中で反響していい音がしていました。



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元「番小屋」から下りて来る道は険しいところもあり、こんな小さな滝もありました。



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今は廃線になっているこのトンネルを笹部氏も数え切れないほど通ったのでしょうね。
posted by ミッキー at 10:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説「櫻守」を辿る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする